人生は危険に満ち満ちています。私かメキシコに暮らしていたときのこと、夏のある日、車を走らせていたらものすごいヒョウが降ってきました。車の屋根に穴が開くかと思うくらい。見る見る積もっていきます。急いで高速道路を下り、家に帰りました。翌日の新聞を見て驚きました。高速道路のいちばん低くなっている場所で、上から降るヒョウと前から後ろから流れ落ちてくるヒョウとで自動車が2台埋まってしまった。乗っていたひとはドアが開けられず、窒息死したとのことでした。火災や盗難という事故、交通事故、働き手に死なれてしまうといった事態、人生は危険に満ちているだけに危険に遭ってしまったときの損害をできるだけ小さくしたいと、人は考えます。それには、おカネを出しあってそれを共同でプールしておき、事故に遭った人には払うというやり方が考えられるではないか。それが保険というしくみです。
ハイテクをめぐる心理戦を、いっきょに特許戦争に発展させたのはアメリカのほうでした。アメリカ政府はレーガン政権時代から技術の財産権(知的所有権)の保護を強化し、新しい通商法にもそのための条文を追加しました。アメリカの企業や発明家が特許権を侵害されたとして、日本企業を訴える事例が急増しています。ときには言いがかりのようなものもありますが、日本側が敗訴して巨額の賠償金を支払うケースも珍しくありません。紛争が多発している背景には、特許権をめぐる考えの違いもあります。どの国も技術の発明者には特許権を認めていますが、発明者の権利保護を徹底するか、発明された技術の利用や改良を積極的に考えていくかで、日米間には微妙な食い違いがあります。日本は後者の考えに立って、基本技術に改良技術を積み重ね、効率的な量産体制を築いてきました。
たった866台の受像機でスタートした日本のテレビ放送業界は、日本経済の好況不況にかかわらず、この45年間つねに右肩あがりに成長してきた。百数十杜ある民放局においても、経営不振に陥った独立系地方局があったものの、とくにテレビは一度も苦境の経験がなく、日本の産業界にあってまことに希有な産業分野として今日まで存在してきた。だが、さしものテレビ局も、20世紀末不況にはさからえず、98年度末の決算では、在京キー局をけじめ軒並み売り上げが伸び悩んだ。そして、そのテレビ局の先行き不安材料は不景気だけではないのだ。民放テレビは、広告収入を主な経営財源とする企業体である。その広告収入は、商品である番組や、時間を広告主が買ってくれることで得られるが、このような取引を行なうためには商品価値を明示する必要がある。